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日本一おいしい米コンテスト一般部門最優秀賞

4.15  昨年11月に庄内町で開かれた第5回

あなたが選ぶ日本一おいしい米コンテストの一般部門で

栽培したつや姫が応募400点のうちトップに立った、

最上郡鮭川村在住のつや姫マイスターの方のインタビューか

ら。

苗作りや土作りのポイントについての問いに対して・・・

・丈夫な苗を作るために、極端な管理はしません。

肥料も小まめには与えません。つや姫は比較的強い品種なの

で米の能力を最大限引き出すようにしています。

おいしい米作りのために心掛けていることは・・の問いに対して

・暑いときに水を十分に確保すること。

・米の生理・形態をしっかりと把握すること

・また、生育状況によって臨機応変に対応することができるよう

に水田をよく観察しています。

・本当に基本的なことばかりで、特に変わったことはしていませ

ん。基本に忠実な栽培こそが良食味の米作りにつながると考え

ています。

以上のことは、私の知っている農家から聞く話と共通点が

多くあります。

この中で、私が自分なりに興味深いと考えているのは米

の生理・形態をしっかり把握すること・・という点です。

これを理解せず、どのような状態が人が食べた時に一番

おいしいかということを追求することは出来ません。

果物でも同様だと思いますが。

ただ、自然のままに自生させておいしいものが出来るもの

ではなく、その作物の持っている力を最大限 人の側に合わせ

るということでしょうか。

基本が重要ということには、かなり深い意味があるように

思います。

農業の奥深さを感じさせられます。

加茂水族館クラゲの展示数でギネス認定

4.20 鶴岡市の加茂水族館のクラゲの展示種類

数が世界最多でギネス記録に認定されました。4月上旬

のことです。

1997年 クラゲの展示開始

このころは、施設の老朽化から来客数が激減し

たそうです。

2000年からクラゲ展示室「クラネタリウム」を設置

約40種類展示しているが、今回認定は刺す種類の

30種類。

昭和39年開館当初は年間21万7千人の入場者

などで人気があったのですが、その後減少傾向が

続いていました。

09年にはノーベル化学賞 下村 脩 さんの 発光する

クラゲ効果で22万353人の入場者。

2011年度はこの数を越えました。

今後は改築工事が計画され、様々な企画があるようで

ぜひ行ってみられるとよろしいかと思います。

私も10年近くも前に一度行ったのですが、その後

どれほど変わったのか見てみたいです。

興味深いのは、クラゲを展示するようになったきっかけ

です。

それは、サンゴの水槽からたまたまクラゲが見つかり

展示してみたら反響あったので、増やしてきたということ

です。これはNHKのラジオで水族館の方が同様のこと

を話してました。・・・何がヒットするかわからない

という典型かも知れません。

11年産米 食味ランキング

4.17 日本穀物検定協会による 食味ランキング

で、県産米 4銘柄が 最高評価「特A」 に入った。

コシヒカリ、はえぬき、ひとめぼれ、つや姫 の4

銘柄です。

一つの県で4銘柄特Aは 全国で山形県のみです。

また、九州 北海道 が台頭してきているとうことです。

全国津々浦々美味しい米作りに励んでいるわけです。

米に対するこのようなひたむきな姿勢は、他国には

無い、日本独自のものでしょう。

地道な改良を根気強く、長年にわたって

続ける。・・・日本の文化の基礎となっているものといえる

のではないかとかんがえるところです。

野菜価格高騰

3.20 最近の野菜価格の高騰は寒波の影響で

北関東でも雪が降り、低温、乾燥により収穫が減少した

ためということです。県内も1〜3割高。

これが、逆の状態だと、2010年夏は猛暑の為

野菜価格高騰。レタスなどは4倍近くにもなったのは

記憶に新しいところです。寒くても、暑くても問題があります。

このような状況で、野菜工場が注目されており、福島原発

被害の農地でも計画されているようです。

山形市内でも通年、ハウスで水耕栽培の野菜を作っている

ところがあり、冬でもトマト、ナスなど生産。

安定供給の為、また安全性という点からもニーズ

は高いと思われます。また、以前からいわれるように

不揃いのものは、スーパー等で好まれないのではじかれる

という、もったいないことも考えるべきでしょうか。

さらに、積雪に強いハウス、省エネ・・・例えば 地熱利用。

もともと、土の上ですから。

農業、野菜・・という自然のものでも、最先端の工業技術

と密接に結びついているといえるのでしょう。

今冬の大雪を振り返って

3.18 今冬 の日本海側積雪は平成18年豪雪に次ぐ

規模でした。山形市の積雪量は97センチを記録

史上1位の113センチ (1981年)以来31年ぶりに

90センチを越え、史上2位。

総降雪量は18年より下回ったが最深積雪量はほとんど

20〜40センチ上回っている。

上空に氷点下30〜40度前後の強い寒気が入り続けた

ため雪解けが進まず、その上に降雪が続いた・・

というのが、気象庁の分析。

さらに、大雪と寒気の原因について北半球を西から東に

流れる偏西風がラニーニャ現象の影響で南北に大きく蛇行。

日本付近では南に蛇行したため北からの寒気が入りやすかっ

た。・・・ラニーニャ現象が大元か。

世界的異常気象のあおりを受けているということでしょう。

県内の今冬の大雪に伴う死傷者数は過去最悪の302人

私の知る範囲でも、山間部のハウスがつぶれて、キャベツ

がだめ。作業小屋の屋根がつぶれ・・・

果樹の枝が折れる 等 耳に入ってきており、

農業関係の被害が心配されています。

気象異変というものは避けてとおれませんので

これから、もっと関心を持っていきたいとおもってます。 

3.11に考える

震災から1年、追悼式をテレビで見ながら一緒に黙祷

しました。今回は農業、漁業の一次産業の被害が大きい

わけです。これまでの社会の趨勢として、農村から都市へ

土を捨てて、コンクリートへ。

全てが東京に集積し、道路交通網もそこから放射状に

全国に広がっています。山形で言えば、新潟に行くのは

不便。松本に行くには東京からの方が便利。

工業化、都市化こそが文化の進歩であるかのごとくです。

100年間に世界中の人口は4倍になり、エネルギー消費量

は25倍になったそうです。工業化、都市化の影響でしょう。

日本では

農村は過疎化し、里山は荒れ、それでも消費者は

安全で新鮮な作物を求めるのです。

原発にしてもいかに農業が打を受けているか。

農業が工業に比べて昔から蔑視されてきたわけですが

ここへきて、コンクリートより土が重要であると気づき

初めたということでしょうか。

今回の震災は、環境、農業、動物としての

人間、金銭に換算できない 心 の重要性を

認識させられたと思います。

また原発は人災という側面が強いと言われてますが

既にもっと安全な原発があったり、ドイツやフランス

ではチェルノブイリの反省に立って、対策を導入している

のに、正確な科学知識を学ばず、 無意味な安全神話を

盲信し、他国の進んでいるものに目を向けない驕りの

体質。利権でしか物事を考えない精神の貧困さ。

私はこのような問題を直視し、自分で物事を考える

というところからスタートしたいと考えています。

東北芸術工科大卒展

2月17〜19 3日続けて 芸工大の卒展を見てまわりました。

開催期間は14日〜19日まで6日間。

学校全体が展示場で、一度に全部見るには大変です。

・芸術学部の文化財保存修復学科・・・はたとえば、震災関連の

被災資料から発生する揮発性物質の研究。

・美術科 の日本画 では 滝を中心に画いている学生がいて

それぞれ、どこの滝なのかなど話題は尽きません。

・歴史遺産学科・・・身近なところでは 千歳山観の変遷

などは、こんな歴史のある山かと再認識しました。

・デザイン工学部 は 産業に密着したものが多く

事業化に結びつく可能性があるのではと感じさせられます。

企業と一緒に開発しているものがあり、産業における

デザインへの期待はかなりあるようです。

・環境、生態系 を含めた街づくり構想のモデル。

ビオトープに関係する内容も興味深いものです。

・県産食品のパッケージ、販売モデル構想。

全体として、山形に密着した大学だけに、その風土

や産業、文化、食材に その題材を求めるケースが

多いようです。県外から入学して山形の様々なものに

魅せられた学生も多いようです。

いずれも力作で、展示期間が短いのがもったいないです。

今回初めて見まして、これほどすばらしいものとは

思ってもいませんでした。来年もぜひ見るつもりです。

山新3P賞

2月1日 毎年行われる 山形新聞、放送主催の

2012年の受賞者

平和賞

本県農水産物を国内外に発信

奥田 政行 氏

繁栄賞

建設業から事業の多角化推進

株式会社 大林 組

進歩賞

W杯初優勝、「なでしこ」監督

佐々木 則夫 氏

県の時流を反映していると思います。

農業県 であるため、農産品の見直し

他の事業からの農業への参入。

が一つの大きな流れではないかと思います。

過去のこの賞の一覧があればおもしろいのでは

と考えました。

はえぬき20周年

1月10日山形県産米 「はえぬき」の20周年を祝うセレモニー

が霞城セントラルで行われまして、見にいきました。

司会はYBCのドンキー佐藤さん。

各団体の挨拶、モンテデオ山形のメンバーによる

トークショー、山形南高と東北文教大、短大の

書道部員による書道揮毫。

縦6メートル、横4メートルの用紙にそれぞれ

ごはんのある幸せ、うまい米を食べると人は笑顔

幸せになる。と書き上げた。このようなパフーオマンス

を直に見るのは初めてで、素晴らしいものでした。

はえぬき という米は食味ランキングでは連続

最高の特Aを連続17年更新していますが、まだまだ

知名度は低いのではないかと思います。

今後も安定したブランド米として続いていくことを

願う次第です。

新年にあたり

1.7 あけましておめでとうございます。

今年は辰年・・・色々調べてみると、

動物に対応しない唯一の干支ということです。

「コイは滝を登ると竜になる」との中国の故事から

「登竜門」というキーワードもあるようです。

年頭にあたり、国からはじめ、皆々様がコイになって

滝を登り、竜になることを祈念いたします。

山形は雪と寒さが、適当な季節となっております。

これぐらいで、おさまってくれればうれしいのですが。

雪が降る地域は、春になって雪解けとなり、全て

が洗い流され、新緑のキラメキが違うように感じます。

この感覚は私にとって、貴重なものです。

この厄介な雪すらも、自然と人間の関係からいえば

必要不可欠のものなのでしょうか。

雪に鍛えられて、学んで来たものも多いと思います。

ちょっと見ると、今では、大人、年寄りが老体に鞭打って除雪し

ているのが実情でしょうか。

最近、若者はアパートなどに住み、年寄りが昔の家に1人暮らし

というケースではなかなか大変です。

昔、雪が多かった時代は屋根の雪を下ろし、さらにその雪を

除雪するという大変な労力でした。

このような経験から、雪の重さを知り、一人でやれる限度

を知り、危険から身を守る術を考え・・・色んなことを

体で覚えたと言っていいでしょうか。

今後も雪が降り、積もることを想定すれば

若者、子供を雪によって鍛えることはとても大切なことだ

思うのです。

月山遠望

12月31日 月山はいつも眺めている山です。

今年は卯年御縁年でした。第29代欽明天皇の時代

欽明八年(卯年、西暦547年)に、月山神が姿を現した

とされ、以来卯年は月山の御縁年とされています。

御縁年に参詣すると、十二回お参りしたのと同じとされ

大変なご利益があると伝えられています。

今年なんとか登りたいと思ったのですが、10月の最終リフト

の日にも行けず。今となっては遠くから遠望し手を合わせる

しかありません。あいにく本日月山は曇って見えません。

私にとって、月山という山は御参りする対象というよりは

いつも自分の中にある。というべきでしょうか。

今まで、一番多く登った山、山岳会で正月にも登頂した山。

今でもその情景は昨日のごとくよみがえるものです。

月山という山について、思い入れのある方は多く存在し、数々

の著作もあります。中でも 森 敦 の「月山」・・・芥川賞

は、朝日村の注連寺に一冬逗留したときのことを書いたもの

です。この寺の境内に、森 敦 文庫があり、石碑が建って

いてこのように記されています。

「すべての吹きの寄するところ、これ月山なり」

今年は大変な年でした。

月山は霊山・・・祈りの山です。

出羽三山

擬死再生信仰の山

羽黒山で現世利益を得て、

月山で死後の世界を体験し

湯殿山でよみがえる。

三山を一歩一歩、苦しい思いをしながら巡る

ことで、罪や穢れを祓い、新しい命を得て

生まれ変わることができるといわれています。

来年は出羽三山がけでしょうか。

皆様 よいお年をお迎え下さい。

エコプロダクツ2011

12月16日 エコプロダクツに行きました。東京ビックウイング。

今回3回目です。環境の展示会で、日本最大のものでは

ないかと思います。大変な混雑です。

特設ステージで、気象予報士の森田正光 さんの講演を

やってまして、聞いてみました。有名人だけあってたくさん

集まってます。中でもイースター島の悲劇について・・・

会場では知っている人は少ないようでしたが、話がありました。

その悲劇とは、森林再生をしなかったために、5万人もいた

人口が、飢餓から部族の争いとなり、樹木は一本残らず

切られ、有用な植物も動物も、多くの種が絶滅しました。

最後には、数百人の島民が未開人のように暮らしていた。

このような根本的な前提抜きに、環境問題を語ることはでき

ない。ということでした。また、日本の気象予報が当たるのは

何故か・・・という問いに・・日本のコンピュータが優秀だから。

ただ、そのデータを判断、確認するのは気象予報士の仕事。

イースター島の悲劇について、もっと詳しく勉強してみたい

と思いました。とにかく 探せばいくらでもおもしろい発見

ができる展示会です。

自然と人間を学ぶ会忘年会

12月4日 自然と人間を学ぶ会で忘年会がありました。

いつもの集会場で、蕎麦打ちを兼ねて、恒例の行事。

今年は大変な年で、活動の報告も震災に関係したものが

ありました。

・社会福祉協議会のボランティアに参加した方の

女川町でごみ出し。

・機材と従業員で支援に出た石材店の社長

・百名山を達成した歯科医 が歯科医師会で死亡者の

歯型の記録とりに派遣された。

自衛隊が遺体を運び、警察が洗い、医師の検死、その後

歯科医が通常より細かく1本、一本記載する。

真っ暗な中懐中電灯で、寒く カッパを着て・・・

大変だったそうです。警察がいなければとても出来ない。

と言ってました。報道されず、実際に活動した人で

なければ実体はわからない。というものでした。

また、ガールズ農場で有名な高橋菜穂子 さんの

お父さんが参加されていて、雪が降ってから りんごを

収穫するという、こだわりで話をしてました。

最近、雪が降る時期が遅れている。・・・地球

温暖化からも大きく影響受ける。・・

多士済々の会ですが・・若者が少ないですね。

今度ホームページが出来たので、より多くの方

に会員になっていただきたいと思います。

市民後見人養成講座履修証明書授与式

12月3日 昨年10月より受講していた市民後見の講座

が終了して、履修証明書の授与式がありました。

この講座は 東京大学・筑波大学 文部科学省「社会人

の学び直し」委託事業。東京で三期、福井県で一期、

山形県で今回の一期ということです。

山形大学医学部大講堂で、130名ほどの終了者。

80%以上の高い終了率でした。

主催者の挨拶、

来賓の挨拶、山大学長、山形県知事、山形市長、米沢信用金

庫理事長

特別の来賓として、国際大学の学長 森 正勝 様

東大の担当がぜひにと、招待していただいたそうです。

昨日、北京の国際会議から帰ったばかり。

森学長の祝辞では・・日本に欠けているのは人材育成

グローバルな人材育成が急務。自分は大石田の次年子

・・・限界集落の出身だが、世界で仕事をしてきて心の

ささえとなったのは、故郷で 山形の心が好きだ。

人から感謝されることは喜びなので、皆さんを待っている

方がおおぜいいる。ふるさとのために頑張っていただきたい。

というものでした。

これほどの方が山形県出身でおられたとは知りませんでした。

その後、壇上で1人1人修了書をもらいましたが、このようなこと

は中学校の卒業証書以来のことです。あとは無いでしょう。

グループごとに記念写真。

場所を山形グランドホテルに移し、懇親会。

国際大学の学長と写真を撮らせていただき、少し話し

をしました。次年子かぶの話したら知ってました。

自分も上海に居たことがある・・・等 国際大学は全て英語での

授業で、ほとんど外国人。

また、東大の担当教授は、山形が気に入った?らしく

納得のいくまで来る。・・・・という挨拶。

前途はともかく、祝賀ムード一色の一日でした。

この講座の最大の収穫は多くの方と知り合い、コミニュケーショ

ンが広がったことだと思います。

次年子かぶ

11月19日 お客さんから、次年子かぶ の注文が来まして

時期も終盤で、やっと探して取りに行きました。

大石田町 次年子(じねんご・・・ずねご)

小雪の中・・・タイヤ交換していないのでちょっと心配ですが

初めての地で、町から急に山道となり風景がいいわけでは

ありませんが・・・とにかく短時間に随分山奥に来たという感じ

のするところです。集落の入り口に看板 「ようこそ次年子へ

ふるさとの味がまっています」・・・裏側は「また来てけらしゃえ」

(次年子青壮年会)

簡易郵便局で仕事しているおばさんから次年子だいこんを受け

とる。とてもきれいな紅色。これは県の在来作物に分類され

昔は山の斜面を焼いて無肥料で栽培されており、現在は普通

畑で栽培されています。根部は大根の形状で、根部表面は

全体が農紅色、内部にも色素が入り、肉質は繊維質で硬い。

せっかく来たので、蕎麦やに寄る。私1人しか客はいなくて

店主と雑談。今から仙台から来る客がいてこの雪で心配

な様子。雪が降ると客足はめっきり減るそうです。この

地域は30世帯ほどで、年寄りの1人暮らしも何軒かあり

ます。そば屋が4軒。この地域では以前大根を大量に生産

していて、その後 そばの栽培に切り替わってきたそうです。

次年子かぶは 人気があるようで、10月よりの最盛期には

にぎわうそうです。また最近ではきのこ栽培をやってるところも

あるとのこと。そばはとてもうまいものでした。このような

環境で蕎麦を食すること自体が、相当の気分転換でもありま

す。後で次年子という地名について調べてみると、ここは

降雪量が非常に多く、そのため冬期に出生した子供は役場

に出生届けを出すことができず、翌春になることから・・・

次の年に、生まれた子供・・次年子・・となったという説

他の説もあるようです。なかなかおもしろい地名です。

一番には蕎麦で有名なのですが、山中の湧き水が

そのうまみを引き出し、大根の絞り汁に

ツユを入れて食べるのが、次年子流・・・ということに

なっているようです。

どんどん焼き

11月17日 知り合いの自動車整備工場で、年に一度

この時期、冬用タイヤの売り出しに、どんどん焼きを

振舞っているということで、近くを通りがかったので寄ってみまし

た。11月とはいえ、寒くも無く 天気もよく ガレージで手作り

のどんどん焼きをいただきました。朝から焼きどうしだそうです。

これは自慢作で、具に色んなものが入っていて 通常より

一回り小さいのですが、とてもうまく・・・勧められるまに3本

食べ、土産までいただきました。雑談をしながら、アウトドアでの

このようなもてなしは うれしいものです。また、ここでは年末

にも、蕎麦を打って関係者に配っているのですが、昨年は

石臼で粉を挽いているところに出くわしたものです。そして

使う水も湧き水を汲んできて・・・それも数ある湧き水から選ん

で。材料にこだわり、水にこだわり・・・一般でもこのように味覚

を追求する日常が山形県の食文化のレベルの高さを物語って

いるといえます。

どんどん焼きというのは、水でといた小麦粉にだしとか、えび

粉末 紅生姜など ちょっとした具材を入れて焼き、割り箸2本

で巻き、ソースをつけたもの。・・・とてもシンプルなものです。

全国B級グルメの大会などで、県の代表としてよく出品されたり

しています。

もともとの発祥は もんじゃ焼き(東京)から生地の固いものが

出て、各地に広がり、関西方面ではお好み焼きに・・・

名前の由来は、屋台で客寄せのために太鼓を「ドンドン」と

叩きながら売られるようになったことからとの説があります。

山形市では昭和13年に大場亀吉さんがリヤカーで販売したの

がはじまり。大場さんは東京でどんどん焼きを学び、山形に

戻り、屋台を引き太鼓を叩いて売り歩き。最初は薄い木の板

にのせて売っていましたが、熱くて食べにくいことから試行錯誤

を重ね、1本の箸に巻いて売るようになりました。

その後も変化していき、1本の箸で巻くのは難しいため2本

になり、ソースが家庭に普及すると醤油からソースに変わり、

魚肉ソーセージが普及すると輪切りを入れるようになりました。

昭和40年代に入ると屋台が増え、祭りに出店するようになり

ました。時代と共にその姿を変化させながらもずっと山形の

人々から愛されてきたどんどん焼き。

世代によってそれぞれの思い出の味があるのではないでしょう

か。

酒類販売管理研修

11月16日 10月末に税務署の酒類通信販売の許可が

おりて、酒類販売管理研修を受講しました。

山形小売酒販組合の主催で、厚さ1センチもあるテキストを

組合の担当が、細かく分担して説明するという形式。

最初はビデオ視聴・・コンビニで酒類を未成年に黙認で

販売・・その青年達が問題を起こして、酒類販売の許可取消さ

れ、売上減少から廃業に追い込まれるというストーリー。

未成年に酒を売らないということが、研修会の大きなテーマで

す。スケジュールの中に 山形警察署 交通一課 課長の

講義が30分ありました。山形市、中山町、山辺町 管内の

交通事故状況、人身事故件数は例年並み ですが、死亡

事故 昨年5人のところ、すでに本年6人。免許取り消しの

60%が酒酔い。・・まだまだ酒酔い運転防止には社会全体の

協力が必要。また自転車事故について、右側通行の自転車

事故が多いので注意して下さい。4割。左側通行自転車事故

は3割。人身事故の17%が自転車事故。

内訳は、高校生34%  大学生10%  高齢者16%(ころんで

轢かれるケースあり)接触事故の場合、怪我が無くても事故

の届は必要。高校生の自転車と接触し、怪我が無かったので

その場で別れて・・・後で親からひき逃げの通報があった。

このようなことになると、大事となり、時間がかかります。

自転車で、飲酒運転も違法です。実態としては検挙数は少なく

まずは指導を強化。現在法律を整備中で来年3月から施行

される見通し。 研修終了後 「酒類販売管理研修受講証」

が渡されました。呼び出される事業所はほとんどが スーパー、

コンビニです。どこで酒を売っているか見れば当然ということで

しょうか。酒を売るという権利と義務について学んだ一日でし

た。

山形国際ドキュメンタリー映画祭

10月6日〜13日まで、山形国際ドキュメンタリー映画祭が

山形市で開催されました。映画祭は山形市の市制施行

100周年を記念して、89年に始まり、2年に一度開催されており

12回目。メーンのインターナショナルコンペティション部門には

102の国内外からの応募1078本から厳選した15作品が上映。

全体で240本以上が上映されました。

世界各国から集まったメッセージを山形から発信。

市内11ヶ所の会場で上映。

私は今まで一度も観たことが無かったのですが、今回

4本 観ました。

1)食べて守ろう山形の在来作物

2)殊勲十字軍 (アメリカ)

3)三千年の収穫(エチオピア)

4)密告者とその家族(アメリカ、イスラエル、フランス)

山形市内は案内所が出来たり、外国人の姿を見かけるし

インターナショナルな雰囲気です。

殊勲十字軍を観た時、普通と違うのは 場内の禁煙、携帯電話

等の注意事項が、日本語の後に英語でも放送されます。

また、上映の前に監督のスピーチがありました。

震災に触れ、「今こそ 世界中が日本と心を一つにしなければ

ならない時はない。この映画をみて何か一つでも感じていただ

ければ有り難い。」・・・司会者の同時通訳。

この映画はベトナム戦争のヘリコプター部隊で従軍した父親

が2人の息子とビールを飲みながら話を進めていくというもの

です。上官に対しての批判、戦闘そのものに対しての批判

は強いものがありました。

資料による、監督のことば・・本作品は海外では賞賛を受けた

が皮肉にもアメリカではまだ一度も上映されていない。

最たる軍事主義国家で、複数の前線で常に戦争している

アメリカ自国では世界の中の本当の立場や、役割について

議論するには至っていない。・・・

ドキュメンタリー映画というものは、その国の社会状況が

色濃く反映されいて、世界に知ってもらいたい・・・ということ

ではないかと思います。このような映画祭はとても貴重な

ものです。また、今回コンペ部門で大賞をとった「密告者

とその家族」はイスラエル治安部隊に協力し裏切られ、

テルアビブに移り住み、身分証明書がないために悲惨な

目にあう家族がテーマ。

イスラエル人の監督は「この作品につぎ込んだ愛、情熱、

労力を認めてくれたことに感謝する」とのメッセージを

送ってきました。

「三千年の収穫」はエチオピア

の村で地主に支配される農民がテーマでオール素人

オール・ロケーションで撮影してアメリカに持ち帰って完成

させたもの。・・・私はこのような映画をきっかけに世界の国が

どのようになっているのか、勉強しなければならないと

強く思いました。

コンペ部門優秀賞の 中国雲南省の少数民族の父子

暮らしを追った「アプダ」(中国)のホーユエン監督は

「中国のドキュメンタリストにとって山形映画祭は大きな

目標の場。また山形で上映されるよう努力する。」

とのメッセージ。

2年後が今から楽しみです。

TPP交渉参加阻止山形県民総決起集会

11月7日 昨日 TPP交渉参加阻止の集会が

霞城公園・・であり、その後 デモ行進。

私は集会に行きました。見たところ、JAが中心

です。その後参加団体のあいさつを聞いていると

商工会、医師会、生協、・・・で範囲がひろいです。

共通しているのは、この度のTPPは農業問題

だけでなく広範な規制撤廃が要求される可能性

があり、日本の自然環境や文化までもが脅かされる

ということです。

この点の危機意識が共通でした。

また、国民に情報を流さず 拙速にことを進めようとしている

という点も共通の認識でした。

翌日の山形新聞の記事では、思ったより大きく取り上げ

られていません。山形新聞はアメリカから金をもらっている

のでしょうか?山形県知事がTPP反対だというのに、大きく報道

しないのです。NHKもたいしたことありません。

山形で3千人も集まってデモしているのに、何故全国

放送で取り上げないのでしょうか。アメリカから金をもらっている

からでしょうか。

私の意見を言わせてもらえば、

アメリカという国は本当に大したことありません。世界中で

戦争ばかりしているとんでもない国です。

軍事力があるというのに、ベトナム戦争では負けるし。

情報力があるようで、イラク戦争に突入・・・収拾つかず。

サブプライムローン問題では世界中に不況を撒き散らし。

枚挙にいとまがありません。

それを、ごたいそうな国と考えているのは世界中で、

日本ぐらいなものです。

TPP反対の評論家、学者は多く、本も出ています。

賛成派の意見はあまり迫力ありません。

具体的に日本の何の輸出が、どこ向けに増える

可能性があるのでしょうか。車などほとんど海外で生産

しているわけですし・・・経団連の会長は日本の輸出構造を

数字で知らないのでは?という学者もいます。

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経済評論家の三橋 貴明 先生のTPP問題を斬るの

雑誌けの寄稿から・・・

TPPに関して、関税を撤廃して貿易を自由化するという

報道ばかりされているが、これは極めて一面的な見方であり

言語や文化、法律などのあらゆる非関税障壁を撤廃して、

人・モノ・金・サービスの移動をすべて自由化する。

これがTPPの本質であり、オバマ政権のアメリカの景気

回復のための対日輸出戦略なのです。

特に危惧されるのは、法務、医療、金融というアメリカ社会

の癌が日本に入ってくることです。

TPPには24の項目があるのですが、農業と製造業は

ごく一部にすぎず、金融と投資は元々のTPP協定には

なく、後からアメリカが加えたのです。

投資の自由化というのは、WTOやOECDでも禁止されて

います。

唯一認められているのがNAFTA(北米自由貿易協定)

で、ここは投資の自由化を加えたことで、カナダと

メキシコの重要産業が、悉くアメリカ資本になってしまった

のです。病院を例にとるとTPPで外国資本の投資を認めた

場合、強大な資金力を武器にアメリカ資本の病院が忽ち

小さな地域病院を吸収し、独占するようになる。

経営が行き詰まると平気で撤退するのがアメリカ企業の

やり方で、結果、地域から病院が消え、地域医療が空洞化

し、多くの医療難民が発生してしまいかねない。

政府もマスコミもTPPの本質を理解していないと言わざる

を得ない。国民一人ひとりがそのことをしっかりと認識

した上で、マスコミの嘘に騙されない確かな見識を

養っていただきたい。

NPO法人発会式

11.5 日 「NPO法人 やまがた市民後見サポートセンター」

の発会式が、ありました。

私はこの 会員になっており、発会式の実行委員として

かかわってまして、一区切りついた感じです。

当日のテレビ、翌日の 山形新聞、朝日新聞 にも出まして

まずまずのスタートでしょうか。

来賓のスピーチで感動したので・・・・

その方は元警察官60代後半?・・・8月17日に宮城県の被災地

にボランティアに行ったそうです。その日は自分の誕生日。

そして見たものは、「ふるさと」の歌にあるような人間の営みの

ある風景、が全て無くなった。何もかも無くなってしまった。

そして、人と人のきずなだけは残った。 というものでした。

市民後見人というものは、今の社会において最後の砦という

べきものでしょうか。博愛の精神をもってしなければ

到底成し遂げられないもののように感じています。

発会式にあたり、門出を祝福すると同時に、事の重さを

自覚した一日でした。

まんだらの里(2)

山辺町役場のホームページから、まんだらの里で検索すると、以下が出てきました。

山のてっぺんのまんだら世界。

ここは、
山姿秀麗なる山そのものが神仏である。
森々たる風物一つひとつに精霊神怪がこもる。
ここには、
狩猟、採取の暮らしを譲り、
衣食住の材料を与え、
灌漑水をもたらし、
風雨を支配する
山の神や水の神が鎮もる。
こここそは、
山に生きる者たちの共有の郷。
周りに住む人たちの原風景たる地文。

兎沼宏之著「まんだら世界の民話」(作谷沢物語)より
筑摩書房1988

これは、昭和25年に新採教員として、さらにその33年後、校長として
作谷沢小学校に勤められ、地域史の研究家としても活躍された

烏兎沼宏之先生の著書の一節です。
これを機に、作谷沢地区は「まんだらの里」という別名を持つことになりました。


「湧水の里」作谷沢


作谷沢は湧水の里として有名です。
地区内には多くの湧水があり、
他地区から水を汲みに来る方も
多くいらっしゃいます。



弁財天
萬年水
雷(いかずち)
五番御神酒
亀の子水


みんな湧水の名前です。
きれいな水を利用してわさび作りも行われています。

 これで、納得したわけですが、この作谷沢という

 地域は探索する場所や、研究対象が多くあり

たとえば、この先の集落は、畑谷 といって 畑谷城 があった

ところです。今後もこの地域については探索してみたいと

思ったところです。

まんだらの里(1)

9月17日 食用ホオズキを山中の畑を借りて植えているので

どうなっているか見に行きました。いつの間にか草ぼうぼう

で、草の中にホオズキがあるような状態です。

この畑がある場所が、山形市の隣、山辺町 作谷沢です。

自宅から40分ほど、山道に入ると、とてもこの先に集落

があるとは思えない細く、カーブの続く道路。

この道は 『狐一巡り街道』 と標識があり、途中

おもしろい大きな看板が建っています。

『山のむこうのもう一つの日本』・・安全運転をよびかける

看板にこのキーワードがあるのです。しばらく行くと 急に開けた

ところに集落が現れます。そこの地域の案内版に 『まんだら』

の里 作谷沢 とかいてあるのが目に止まりました。

何故、まんだら を自称しているのか、とても興味がわいてきま

した。私の作谷沢に対するイメージは 湧き水の豊富なところ

上海蟹の養殖地・・・。湧き水については、だいぶ前ですが 

弁財天という湧き水地に汲みに行ったものです。

帰って、ネットで まんだら を検索すると。

曼荼羅(まんだら)・・宇宙の縮図、宇宙が自らの姿を顕現させ

たもの、という考え方。サンスクリット語で 『円』を意味する。

曼荼羅が表そうとしているのは「この世の森羅万象が全て

ホトケのあらわれであり、意味のないものは一つもない」と

言う真理。・・・瞑想、観想のために考えだされた形、デザイン

ということらしいです。

ただ、このような一般的な意味では、何故この地をまんだらの

里と自称しているかの説明としては不十分です。

蔵王温泉源泉を訪ねて

9月3日 台風の影響で小雨の中 蔵王マイスター

の講座に参加しました。今回は蔵王温泉の源泉についてです。

中央ロープウエイ 駐車場から、中森ゲレンデを歩いてゆく。

総勢 20名 講師は山大理工学部の教授。

ちょっとした傾斜でも、歩くのがきついです。

20分ほどで、源泉に着く。 源泉は囲われていてそこから

すぐの川に流れ込んでいる形。

温度は40度以上で、源泉は透明、流れている川は白っぽく

硫黄臭あり。PHは4.8 ぐらいでリトマス試験紙でオレンジ色。

酸性の温泉です。

地形的には4万年ぐらい前に爆発による大崩壊のくずれた

あとに、温泉が出ているということ。

すぐそばの岩盤の説明では、黒っぽい岩が 黄鉄鉱で

これが温泉に流れ出している。

また、白っぽい岩盤はナトリウムが温泉に流れたため変化

したもの。ここから20メートル上の地層は葉っぱの化石がみら

れる。

この地層は1500万年前のもので、蔵王のものでは

ないそうです。 その後場所を変えて、蔵王観光協会の2階

会議室での講義がおこなわれました。

地学と、化学 で 難しいのですが、わかったことは

温泉といものは、周りの岩盤の成分が流れ出し、化学変化

によって泉質ができるということ。

スキー場 からすぐ近くにあるのは驚きでした。

ちなみに、この場所は理工学部の学生の実習の場

ともなっているそうです。

蛍の保護区

8月16日

連日の暑さから相方(妻)が川のそばの涼しい所へ行きたいと

いうので、馬見ヶ崎川の川べりを上流に向かう。

同じことを考える人はいて、公園の駐車場はそこそこにうまって

ます。川に下りて 川遊びをしている家族連れの光景も見られ

ます。すこし行くと、今上映されている 「小川の辺」 のロケ地

がありまして、駐車場もあります。道路からすぐ河原に下りられ

る場所で、ロケの為に建てた小屋があります。浅く、流れのゆる

い川です。映画の中でどのように映っているのか楽しみです。

しかし、このあたりに涼は無く 車に入っていた方がましです。

相方は早くも 帰りたいモード。

対岸に移って、しばらく行くと 東沢小学校の裏道に蛍の保護区

の小さな立て看板があります。

めずらしいので、行ってみることにする。ここから4kとあります。

宝沢地区の両側に人家が密集している細く、長い道を通りぬけ

林道になる。やがて蛍の保護区に着く。駐車場はありません。

ここから、杉林を数分歩いて 小川が一本流れているすこし

開けた場所に出た。ロープが張ってあって道路から踏み入れ

禁止です。川はあまり冷たくなく、清流というより 川底に苔

があったりして、いかにも栄養分がありそうです。周りの杉も

けっこう高いものがあります。道をさらに進むと山手につながり

道からは少し離れていますが、小さな水たまりのような沼が

あって、蛍の繁殖の中心らしく 看板があり立ち入り厳禁で、

2重にロープで囲っています。

蛍といえば、子供の頃を思い出しますが 当時 最上の田舎に

住んでいたので、夏の夜、庭の蛍草に点滅する蛍を東京から

来た、いとこ達と見たり つかまえたり その黄色っぽい、緑が

かった蛍のあかりは今でも鮮明に記憶の中によみがえります。

そのころはまだ、祖父母も生きていました。

蛍というものは 考えてみると どうも はかなさ を感じ

させられます。昭和30年代はまだ蛍は珍しいものではなかった

のですが、今となっては保護しなければならないのでしょう。

帰り、杉林の中を歩いている途中 一瞬ひんやりとした風に

出あった。ここに来てよかったと、思わずにっこり

顔を見合わせる。

今度来る時は 夜 車をずっと手前に停めて、折りたたみ

自転車でそっと・・・蛍さんに会いに来たいものだ。

養鶏実習

市民後見人講座というのを昨年より受講していて、これは 東

大と筑波大が県と共同で主催しているもので、県内各市町村

から受講生がいます。東京以外の地方では山形県が2番目の

講座開設ということです。そのプログラムで障害者施設で30時

間以上実習してレポート提出というのがあります。

そこで、以前から知っていた障害者施設の中の養鶏の部門で

実習させてもらいました。本来の目的は後見人制度の可能性

を実態調査ということでしょうが、まずは障害者の方・・(ここでは

パートさんと呼ばれています。)と一緒に作業をして、コミニュケ

ーションをはかるということでしょうか。パートさんは、毎日3〜

4名でアパートや実家から通所している方ばかりで中には健常

者と思えるほどしっかりした方もいます。

35度の猛暑の中 皆さんたくましく作業しています。

私は10時から12時まで2時間です。これが大変長く感じます。

作業の内容は鶏の餌つくりと餌やり、採卵、鶏舎の清掃が主。

長靴をはいて、マスクをして鶏舎に入り 野菜の葉っぱをばら撒

くと鶏が一斉に寄り付きます。1つの鶏舎に多いところ150羽。

この餌をばら撒くのはちょっと気に入った作業です。

11時ごろ、休憩するのですが コーラなど飲みながら雑談す

る。盆休みで早めに連休していたパートの方に休みは何をして

いたか尋ねると、両親と一緒に新しい作業服を買いに行ったと

満面に笑みを浮かべて話してくれました。

8月10日は実習最終日。のべ15日間お世話になった鶏舎と

パート諸君に別れをつげ、帰路 車を運転しながら 様々な場

面が頭をよぎり、パートさんのことなど色々かんがえるとちょっと

感傷的な気分になりました。このような障害者が働ける施設が

今後も存続できますよう、そして末永く仕事をされますことを

願う次第です。

さくらんぼも終わって

本年度当店のさくらんぼ発送は7月15日大将錦をもって終了し

ました。さくらんぼ農家は一息ついたところだと思われます。

振り返ってみると、佐藤錦は5月4日頃開花・・6月25日頃から

もぎとり発送開始、それから10日間が最盛期。

今年は豊作で、昨年より出来はよかったようです。

ただ、7月12日ごろから急激な気温上昇で、大将錦が一期に

熟してしまい、もぎとり1日で終了ということになりました。

これが通常であれば、あと4〜5日はやれたのですが。

それにしても、さくらんぼ人気は定評がありまして、

これほどの美味なる果物があるものかと、産地に居ても

感じずにはいられません。来年もまた、気候環境含めて

通常通り、美味なるさくらんぼを食せますよう願っております。

なごり惜しいことですが、山形初夏の風物詩も終わり

いよいよ 8月5〜7日 真夏の祭典 花笠まつりです。

7日町通りは、提灯や ライトアップの準備が始まったようです。

今年は震災の影響で、東北の祭りの意味合いも復興への願い

が込められる、いい祭りとなってほしいものです。

山菜シーズン

 山菜もそろそろ終盤です。これからのメインは月山筍で7月

中旬までなので、まだまだ楽しめそうです。山菜屋さんの話では

新庄市内の小学校で、給食に山菜を使いたいそうで、

1回の量が数十キロとなり山に行って採ってくるものだけに、量

を確保することと、葉を取ったりの下準備で 1校だけで手一杯

ということでした。山菜も地産地消の一つとして大変結構なこと

だと思います。

 山菜のようなものは、子供の頃から食べていないと、なかなか

その味がわからないということになりかねません。

実際に山菜を採りに行っている方の話しを聞くと、30kほど

背負って持ち帰る。履物はスパイク付の地下足袋。

場所によっては、沢筋の岩場など危険が伴い大変な労力である

ことが想像できます。

このようなことを知ると、山菜のおいしさと共に、採取してくれた

方への感謝の念もわいて来ます。

天然の山菜は究極の自然食品とも言えるわけですが

愛好者としては少数派だと思われます。

山菜の食文化が将来も残っていてもらいたいと思うこのごろ

です。

 

原発、放射能の研修会

4月30日 自然と人間を学ぶ会で原発についての研修会があり

まして参加しました。3人の講義で、放射線の危険度、シーベル

トなど政府発表と実際の危険度のくい違い。日本の原子力発電

の歴史と組織的な問題点、日本の活断層の分布等。

40人近く山形市立図書館で、マスコミ取材も来ていて 翌々日

の山形新聞朝刊に載りました。

印象的だったのは会の代表者である佐藤先生の話で、この

原発事故が起きるまで、原子力というもの、その危険性というも

のに、予知することもなく、全く勉強して来なかったことに自分

自身大変恥じたそうです。それから20日間 県立図書館と

私立図書館から関連図書を相当数借りて来て、夜中まで読ん

で勉強したそうです。その結果 2つのことがわかったそうです。

一つは原発事故についてはどこの国でも隠すということ。

たとえば、チェルノブイリ原発事故の記録を見ても、ロシアが

出しているものと、ウクライナが出しているものではかなり違い

があるそうです。二つ目は最終的に被害者になるのは、乳児や

妊婦、子供達であること。

 先生は、国の避難指示などは遅れるわけなので、地方自治体

の長の判断でいち早く妊婦、子供だけでも安全な場所へ避難さ

せるべきである。そしてそのぐらいの権限は各市町村長にある

はずである。また、原子力発電所がある自治体では最初誘致

した時点で、勉強会や対策をやっているはずではないのか。

という意見です。そこで、地方自治体の判断で、避難行動すべ

きであると、直接福島県に電話したり、手紙を出したりしたそう

です。県知事まで伝わったかわからないそうですが。

 さらに、山形県の災害対策本部に行ったら、担当者は話を聞

いてくれて、厳しい状況を認識してくれたそうです。

ただ、いまだに自分で決定して動く自治体の長が一人もいない

ということに先生は嘆いておられました。確かに 国へお願い

すること、国の指示を待つことだけではなく、本当に危険だと判

断すれば、自治体の長が決定して行動に移すことがあっても

おかしくないはずです。新たな観点から刺激を受けた次第です。

2回目の研修会が6月にまた開催されます。

花見

5月1日 山形市は桜が満開で花見に行きました。

タイミングがあって、2日前も見て、8部咲きぐらいだったので

本日はちょうど見ごろです。一番好きな場所は馬見ヶ崎の

堤防ぞいに道路両側から空を覆うように桜のアーケードを

車中から眺めるのですが、ここを通らないと毎年花見をした気

分になりません。あと、護国神社の枝垂れ桜、霞城公園も

よく行きます。霞城公園は老人施設のマイクロバスが結構来て

ました。花見の意義は宴会だけでなく、本来色々あるのでしょう

が、日本人にとって、桜の花見は特別の感傷も感じさせるもの

で、昨年一緒に花見をした方が、今年はもういない。という状況

は毎年あることで、桜の下で杯を上げるのは 今は亡き方への

祈り、今年もまた桜をみることができることへの感謝の意味が

あると思うのです。

チャリティバザ−

4月17日 日曜日 村山市碁点温泉 近くの

知り合いのパン屋さん前の空き地で、今回の震災のチャリティ

バザーをやりました。6店ほど、ガラス工房、雑貨、本、手作り

菓子・・など また、東北芸工大生 がDJブースをやってくれて、

なかなか風情があります。各店 売上の何%を寄付するを明示

します。当店は食品で、 卵、 りんご 等・・・・どちらも完売。

結構人が寄ってくれて、全体に盛況でした。中でやっていた

パン屋さんも完売。天気も快適で・・・皆様のご協力に感謝いたします。

私の地震記録

《山形市》3/23

車の給油で3時間並んだ間に、読んだ週刊誌にどうしても紹介したい文章がありました。

ビートたけし

『今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を越えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できない。じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒瀆だよ。人の命は2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。本来「悲しみ」っていうのはすごく個人的なものだからね。被災地のインタビューを見たって、みんな最初に口をついて出てくるのは「妻が」「子供が」だろ。

一個人にとっは、他人が何万人も死ぬことよりも、自分の子供や身内が一人死ぬことの方がずっと辛いし、深い傷になる。

残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ。そう考えれば、震災被害者の本当の「重み」がわかると

思う。2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人たちがいて、その悲しみに今も耐えているんだから。

だから、日本中が重苦しい雰囲気になってしまうのも仕方ないよな。その地震の揺れの大きさと被害も相まって、日本の多くの人たちが現在進行形で身の危険を感じているわけでね。

その悲しみと恐怖の「実感」が全国を覆っているんだからさ。

逆にいえば、それは普段日本人がいかに「死」を見てみぬふりをしてきたかという証拠だよ。海の向こうで内戦やテロが起こってどんなに人が死んだって、国内で毎年3万人の自殺者が出ていたって、ほとんどの人は深く考えもしないし、悲しまなかった。

「当事者」になって死と恐怖を実感して初めて、心からその重さがわかるんだよ。』

私は、この文を辛く動揺する自分の気持ちを治める一服

の鎮痛剤としています。

私の地震記録

《山形市》3月22日

TVでホッカイロ、食品が不足とのことで、スポーツセンターへ2回目置いてきました。

ガソリンスタンドに並ぶ車の列を見て、店員に聞いてみると、午前7時から開店で、その時点でかなりの列になっているそうです。国内に石油があるというのにこの状態では原油が入って来ない事態となったらどうなるのでしょうか。

原油の輸入は日本にとって生命線です。

歴史的に見て、

先の大戦開戦時点では石油の備蓄量は半年だったそうです。

米国、イギリス、がオランダを抱き込み 日本を干すべく中国に協力し石油禁輸を行なったのです。これによって御前会議で

正式に戦争準備に入ることが決定されたのです。資源が無く

貿易立国の日本にとって、石油とはこれほどの物なのです。

『石油輸送に関する現状について』という資源エネルギー庁が

出した資料によると、中東から80%以上来ているのですが、

中東から日本への海上輸送路として

ペルシャ湾から、ホルムズ海峡を通り、バシー海峡を通って

来るようです。この沿岸どこの国で紛争が起きても日本が影響を受けるのです。

ホルムズ海峡では2010年7月29日 商船三井のタンカーが爆発

するという事件が起きています。アメリカがイランを攻撃したら

ホルムズ海峡封鎖はありうること。インド洋では海賊が頻出。

台湾有事では、バシー海峡が通れなくなり現行シーレーンが

根底からくずれるのです。ところが、日本は海洋を向いていない

ように思えます。海洋=海外と見ることもできます。

また、海洋を目指す若者がとても少ないのです。日本では海洋の国立大学は1つしかありません。中国は船乗りになりたい若者は多いそうです。日本向けタンカーの操船はほとんど外国人

になっているかも知れません。

さらに今回の地震で、漁業が壊滅的打撃。

日本の海洋国家たるを蘇らせる道は前途多難です。

ガソリンスタンドに3時間待ちで並ぶ車を見て、

明日自分の車にどうやって給油するか心配すると同時に

このようなことを考えずにはおられないのです。

私の地震記録

《山形市》20日、本日は父が入所している隣町の老健施設に洗濯物を取りに、車の燃料も無いので自転車で行きました。

ここは、地震のあった翌朝、車で見に行ったのでしたが、

前日からの停電、電話も通じず心配していました。

自家発電で一部だけ電気あり、皆ベッドに寝せられて、フロアに

集められていました。父もその中に居て安心しました。

このような状況でも、ちゃんと朝食を食べさせてくれたそうです。

この薄暗い光景の中、その対応に大変感激いたしました。

 翌日から、食材の不足で1日2食となっていたのが、明日から通常に戻るそうです。

 さて、昨日から自転車利用が増えてきました。路肩の雪が消えたせいもあると思いますが、いいことだと思います。

考えてみれば、高校時代は片道50分ぐらいを自転車通勤していたわけです。とのとき特に足が疲れたとかの覚えはありません。

ところが、今では300メートルもないスーパーへ買い物に行くのに車なのです。

そして、健康にきをつかう人々は運動するために有料のアスレチッククラブなどに行くのです。大変な資源の浪費です。

山形の子供達は、親がどこに行くにも車に乗せるので全国でも

体力が弱い方なのです。都会の方が電車、バス等で歩く時間

が長いと思います。この度はなるべく、歩くなり、自転車なりの

移動手段を使うべきだと強く感じさせられます。

一旦戻って、実家に向かう途中 サイクリングの自転車、ウエア、ヘルメット で颯爽と走っている方とすれ違いました。

どことなく、表情が深いところで楽しんでいるように見えたのです。

自転車もなかなか奥が深そうです。

私の地震記録

《山形市》18日 昨日避難場所である 山形市スポーツセンターに行って、物資受付に 缶詰類、カップ麺、ホッカイロ をおいて

きました。たまたま、千葉の妹が10日から山形に来てまして、帰れなくなっていましたが、バスで鶴岡〜羽越腺で新潟 上越新幹線で上野・・・午後5時ごろ着いたとの連絡。

このルートは正解だったようです。

ところで、今日になってから TV の地震関係の番組が急に

少なくなりました。NHKも実況的なものが減っています。

まだまだ、道途中というのに TV関係者は何を考えているかわかりません。

また、以前から気になっていたのですが 日本では米国のCNN

英国のBBCのように24時間、ニュースだけ世界放送している放送局が無いのですが、どうしてでしょうか。

BSにしても、ニュースの部分は少ないです。

私が思うには、1つにはNHKの独自の情報力が弱い・・これは日本の国に置き換えてもいいと思います。

2つには、このような必要性の認識に乏しい。

この際 形からでも入る必要性があると思います。

私の地震記録

《山形市》本日17日は朝から雪。10センチ。冬に逆戻り。

被災者の皆様、なんとかがんばっていただきたいと思います。

山形は山形空港が、輸送の拠点となっていて、全国各地の消防防災ヘリとドクターヘリが終結しています。米軍の活動拠点にもなります。

他県から県内への避難者が増えてきました。山形市では総合スポーツセンターです。直接、衣類等を差し入れできるようなので

明日行ってみるつもりです。粉ミルク、オシメ等不足のようです。

市内は車の給油で連日渋滞しております。

私は原則 自転車、徒歩にしています。石油ストーブは12日から使用ストップ。電気ポットを常時使用しない、冷蔵庫の保冷

を最低にする等、ささやかな節電をやってます。

昨日 農商工連携サポートセンターからメール来まして

福島原発被災者向け おかゆの缶詰1万食を西会津の

佐藤さんという方が自家の備蓄米を全て使ってやっていることで

募金が来たので、募金いたしました。

TVでいろんなことをみていますと、なかなか緊急対応

というものがうまくできないものだと思います。

私の地震記録

《山形市》 3月11日午後2時46分、りんごを引き取りに、中山町の井上農園に車で向かって行く途中、車がふらふらして、故障したのかと思ったら、前の車も止まり、地震である事がわかった。

 電線がかなり揺れている。相当時間が経っているように感じた。その後、前の車は動き出したが、道路を進んで行くにつれ、道の舗装が3ヶ所、10cm近く盛り上がっている。

 その後、方向転換し引き返す。停電のまま夜を迎えた。

 後からわかった事だが、中山町は震度5で、一番震度が強かった場所へ向かったことになる。

 翌日、3月12日午後5時50分、電気が復旧。

 岩手、宮城、福島は大変な被害で、昨日まで普通に暮らしていたのかと思うと大変ショックです。

節分も終わって

2月3日の豆まきから、既に1週間になろうとしています。

余った豆はどのようにしているでしょうか。最上地方では

この豆を神棚のわきに、茶筒等に入れて、1年間とっておき

遠出する際など、厄除けとして数粒食べて出るという習慣

があります。ご参考まで。

節分は季節の改まる前日で、これを境に翌日立春となり

暦の上では春となります。まだまだ春は遠いのですが

玄関の啓翁桜は7分咲きです。外の雪とのコントラストで

冬のサクラもなかなか風情のあるものです。

新年おめでとうございます

 あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 7日は七草がゆ ということで、納豆汁を食べました。

年始に最上方面に行った際、新庄駅から納豆汁の素と、山菜

の具を買ってきたのです。通年作れるものですが、この時期に

しか無い、セリが入ると格別なものとなります。

七草がゆ に入れる若葉は地域によって違いますが、セリ、

ナズナ、ハハコグサ、ハコベ、ホトケノザ、カブ、大根が一般的。

七草がゆが定着した背景には、信仰的な側面ばかりでなく、

正月のごちそうで疲れた胃腸を休め、野菜の不足する冬場の

栄養補給をするという効用もあると思われています。

ただ、このような青葉7種をそろえて食すのも実際難しく、

スーパーではその時期だけ売ってますが。

その代用として、納豆汁を食べれば その主旨にかなっている

のではと解釈しております。

きのこ類など、この季節大いに食していただきたいものです。

それぞれの大晦日

本年最終日、母と一緒に 施設にいる父に、夕食の介助

にいきました。いつもと違って、年越し蕎麦がありまして、

かけそばの麺が短く切ってあるものでした。

餅かと見えたのは、いなり寿司に見立てたゼリー。

毎年恒例だそうです。大晦日だからといって、特別の

食べ物は難しいから、いつもと同じかなと思ってましたが、

格別の配慮に感心しました。それにしても、来ている家族

が少ないです。

その後、実家で少人数ながら年越しの宴をもうけ、

みぎてに母のわけのわからない同じような話を聞き、ひだりて

に、紅白歌合戦を聞きながら、今宵は本年のなごりに酔って

おります。皆様よいお年をお迎え下さい。

映画 湯の里ひじおり 終(5)

 映画が終わり対談の前にオカリナの演奏がありました。この映画の挿入歌「花神」を演奏している金子俊郎さん。

 置賜桜回廊という桜の名所が、次々と映し出される映像をバックにしたオカリナ演奏は大変素晴らしいものでした。

 監督と芸工大講師の宮本武典さんのの対談。この映画を作ることになったきっかけは、肘折温泉と芸工大の人的な交流から始まったということです。

 それは「ひじおりの灯り」という、肘折温泉で芸工大生がオリジナル灯篭をつくり展示するものでした。芸工大生が肘折に合宿して手漉き和紙にそれぞれ絵を描き、地元の職人がそれを灯篭に仕立てます。出来上がった灯篭は夏の間、肘折温泉街を照らします。今回は閉校した肘折小中学校の生徒も参加し、地域に根付きつつあるようです。

 最後に、次回作の発表がありました。山形の在来作物と、その種を受け継ぎ守る人々のドキュメンタリー映画「よみがえりのレシピ」。大変期待するものです。

映画 湯の里ひじおり(4)

 この映画の1つの柱に、若者達が閉校式に学校で使われなくなった楽器で、ブラスバンドの演奏すをるというものがありました。

 対談の中でも話が出たのですが、1度ひじおりを出て戻ってきた若者達は交流の場もなく、表立った活動をしたがらない。この話が持ち上がり、若者の心が開かれ一つになって行く姿が描かれています。

 監督は若者をこの映画作りによって変化させたかったようです。

 当日すばらしいブラスバンドの音色は人々の心を打ちまして、会場の来場者へのインタビューで、60代くらいの男性は「子供の数が減って、今回は閉校となってしまったが、またいつの日か、子供の数が増えて開校する日が来ることを願っている」と答えていました。

故 立松和平氏の作品評『この作品は片隅の里を素材にしながら、この国の全体を描いた。まことに普遍的で大きなスケールを持っている』

映画 湯の里ひじおり(3)

ドキュメンタリー映画ならではの映像がありました。

それは、柴燈祭 というもので 毎年 盆の13日に月山山頂

で迎え火をする神事です。標高1984m 山頂近くにある 本宮裏

に護摩壇を組み、夜7時火を放ち塔婆を焚き上げる。

夏の夜空にパチパチと音を立て、激しく燃える炎は 荘厳で

迫力のあるものでした。月山の山頂に先祖の霊を呼び集め、

さらに、麓の村の家々の迎え火で霊が降りていくと信じられて

いるのです。

私はこのような神事があることすら、知りませんでしたし

月山山頂には何度も行きましたが、登山の到達点の観点

からしか見ていなかったので、この映像はとても新鮮なもの

でした。肘折は信仰の山、月山の麓であるため、信仰的

な習わし、修験者の風習が今の生活の中に色濃く生き続けて

いるようです。ドキュメンタリー映画は貴重な文化を映像で

後世に残す役割もあると、実感したところです。

映画 湯の里ひじおり(2)

肘折温泉には私も何度か行ったことはありますが、温泉の色

は透明だったと覚えています。この温泉を守るため、温泉13人

衆というのが昔からあって、源泉の清掃、その他諸事を会議で

決めるというしきたりがあります。

温泉旅館の中には売店がありません。みやげ物の店は別

に独立しています。朝市も有名です。道路わきで産直のものを

売っています。だれかが利益を独占するのではなく、みんな

が共存して行くという仕組みが肘折温泉にはあるのです。

なかなか興味深いものがあります。

映画 湯の里ひじおり(1)

先日 『湯の里ひじおり』 という映画を見ました。

山形県最上郡大蔵村肘折温泉の文化と134年の歴史

に幕を閉じることになった肘折小中学校。地方の学校

の1年間を描いたドキュメンタリー映画です。

監督は山形県鶴岡市出身 東北芸術工科大 卒

渡辺 智史 さんです。市内の映画上映 終わって見過ごし

たら、シベールアリーナ で 上映後監督の対談もありました。

この映画はぜひ見ておきたいと思いまして、最前列の真ん中

でみてまいりました。 

ミュージカルを見てきました

先日山形市民会館で、ふるさときゃらばんという劇団のミュージ

カルを見ました。トランクロードのかぐや姫という題名。

町興しがテーマ。偶然おとずれた若い女性が中心となって

村人の気持ちが一つになっていくというものです。

音楽は演奏者3人で、観客から見えるのですが、1人で何種類

もの楽器を舞台の場面に合わせて演奏するのが、おもしろく、

感心しました。今回ミュージカルというものを初めてみまして、

歌と、踊りと、セリフ・・全身で表現する様は大変感動的でした。

終わってから、役者の方が玄関へ出て挨拶しているのは

なかなかローカルでいいですね。今度来たら皆様も行かれて

みてはいかがでしょうか。

自然と人間を学ぶ会総会

先日、自然と人間を学ぶ会の総会がありました。

この会はアウトドアで、自然を観察したり、座学があったり。

なかなかアカデミックな会です。新会員8名増えて全体で

84名。毎月2回以上 企画があります。

毎年あるものでは、・戦争体験を語る・・・特攻隊だった方の

話。・珍しいところでは、ガールズ農場で有名な、高橋菜穂子

さんの話を聞く(農業の夢)。

・岩石や鉱物から地質の不思議を学ぶ・・石材店の方が講師

・ハイキング的なものでは峠を訪ねるPART4(鍋越峠)

この会の創設者の先生(元学校の先生)がいるのですが、

最近のテーマは古代の歴史が語るもの・・で手書きの文章が

数ページ連載で資料として郵送されていたのですが、読んでい

る人が少なく、激が飛びました。このように大変興味深い行事が

盛りだくさんです。今年度は少しでも多くの行事に参加したい

と考えております。 

山形の民謡まつり―山形市総合スポーツセンターにて―

4月11日、民謡まつりに行って来ました。

親戚が師範をしている関係で毎年行っています。

私の親戚は今年が最後と言いながら、毎年出ているようです。

当初民謡には関心がありませんでしたが、

年に一度のこの日の為に練習してきた高齢者も多く、

迫力を感じますし、全員そろって記念写真を撮っている光景は

来年もまたそろって来れるようにという願いが感じられ、

胸がキュンとなるのを覚えたものです。

それ以来、毎年見ることにしています。

さて、例年県民会館で行われていましたが、

本年は山形市総合スポーツセンターでした。

県内各地の民謡愛好グループ80団体から2〜89歳の

およそ700人が出演したようです。

ステージと違って幕はありませんし、ライトアップもありません。

移動する状況も見えるし、ちょっと趣きがちがった感じでしたが、

踊った方は伸び伸びとやれたのでは?

子どもたちが踊り終わると一様に膝をついて

観客にお辞儀をするのは、大変立派でした。

来年もまた元気で参加できますよう、

皆々様のご健勝をお祈り申し上げます。

山形の屋台村―七日町 ほっとなる横丁―

先日、友人の誘いで七日町のほっとなる横丁で飲みました。

ほっとなる通りは、山形駅近くの七日町に最近オープンした

餃子、ラーメン、焼き鳥などの屋台が集まっているところです。


話には聞いてましたが、実際に行くのは初めてでした。

なかなか活気があって良かったです。

焼き鳥屋が多いようですが、安くて・・・常連も居るようです。

皆様も一度行ってみてはいかがでしょうか?

春彼岸ハプニング

母と2人で彼岸参りのこと・・。

サイフをバッグに入れて持たせたと

思っていたのですが、親戚に寄って後

行方不明・・どこにも見当たらず。

母が落とした可能性のある場所は、お寺、親戚のタラノ芽ハウス・・

説明が遅れましたが・・母はボケているのです。

それを見ている私も注意散漫。

翌々日・・お寺から電話・・お賽銭のわきに忘れ物。

どうしてわかったかというと、生協のカ−ドからです。

母が生協のカード無くして、私のカードを使わせていたのです。

そのため・・私に直接連絡があり・・一件落着。

何がどうなるかわかりませんね。

カードの裏に名前を書く必要性が今回わかりました。

皆様・・ご注意を。

春彼岸報告(1)

一昨日 春彼岸参りに、最上郡 鮭川村に

行ってきました。

午前10時過ぎ出発、雨から雪に変わる

予報で、傘を車につける。略・・お寺にお参り、

親戚2ヶ所回り、タラノ芽のハウスでしばし雑談。

新庄駅発 午後4時・・

いつもは新庄駅の売店をゆっくり見るところ、今回

は余裕無く、納豆だけは買って・・急な雪(あられに近い)の中、

山形に向かう。

大石田過ぎあたりからゆるんできたのですが、

山形県は南北長く、微妙に天候が違うことをあらためて

感じたところです。・・・ハプニングについては次で。

春彼岸

開店準備に忙しいとはいえ、明日は春分の日

で、彼岸の中日です。生まれ故郷の鮭川村へ

お寺と親戚にお参りに行きます。

山形から2時間かかります。・・・行ってきたら

ご報告したいと思います。